無事を祈り 待つしかない

 らもす・・・心配かけて、ごめんね。


 はじめに、3月11日に発生した「東北太平洋沖地震」で
 被災された皆様にお見舞い申し上げると共に
 亡くなられた方とそのご家族の皆様には心よりお悔やみ申し上げます。


 そして、私の身内の安否を心配して
 電話やメールやコメントして下さった方・・・
 本当に ありがとうございます。

 まだ、連絡が取れず、安否の確認はできてません。
 すぐに、災害時用伝言ダイアルにも メッセージを残しました。

 県外に住んでる同級生や姪っ子2号の話では、
 地震からわずか3分後に起きた大きな津波が、
 市街地におしよせるまでに、30分以上の時間があったらしく
 そこに居たほとんどの人は高台に避難することができたそうです。

 波は、12日の午前7時過ぎに引いたそうです。
 私の思い出の町。その一部がなくなりました。

 でも、町はなくなっても、みんなみんな生きてて欲しい。
 逃げ遅れた人の様子や、犠牲になった人の様子を伝える
 ニュースや新聞記事をみて、どうか・・・どうか・・・と祈る気持ちでいっぱいです。

 (↓その様子を伝えるニュースと記事です)

 *「津波が来るぞー」。消防署員らがハンドマイクで叫んで回った。
  自宅で被災した小川誠也さん(83)は、目の前で妻の静子さん(80)を津波にさらわれた。
  11日、地震のわずか3分後だった。
  2階にいた小川さんは、1階の静子さんに「上がれ!」と声をかけたが、
  すぐに波が1階天井まで押し寄せた。「あー」と声を上げたまま、静子さんの姿が消えた。(ニュースより)

 *魚の臭いがする泥を、自衛隊員や県警の警察官らが
  かき分けるように生存者を捜索するが、見つかるのは遺体ばかり。
  商店街横の河原の土手には白い布を掛けられた犠牲者らが並べられた。
  布の間から見えた足は小さい。横顔には、まだあどけなさが残っているようだった。(スポニチより)


 これ以上、犠牲者が増えないことと、動物たちが無事でいることを祈るばかりです。

 そして、別々の場所、避難場所で、
 停電のなか、不安な夜を過ごしてるであろう 妹家族と
 被災された方々が、少しでも早くご家族に会えますように・・・

 妹の大切な家族 こちゃ と ソラが
 家族の誰かと一緒でありますように・・・

 義母が、無事でありますように。そして一人で不安な夜を過ごしていませんように・・・

 市街地の真ん中に住んでる親戚、同級生とその家族、
 勤務先にいたであろう 義弟と姪っ子・・・

 そして・・・
 この町から離れた田舎で被災した私の両親、祖母、弟
 
 みんな、みんな、どうか無事でありますように・・・


 そして・・・

 私たちの ただならぬ様子を見て 
 不安になったのでしょう。心配したのでしょう。
 らもす、吐きました。
 ごめんね、らもす。

 心配ではありますが、今は、待つしかないのです。
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by loveletterjunkone | 2011-03-13 01:59 | らもすのこと